新人医師のバイト3



当直料というのはだいたい一泊3万円程度(当時の月給に相当)です。寝るだけで3万なら濡れ手に粟のようなものですが、患者さんが何十人も入院している病院で医師は自分1人だけ、新人のうちは何かあったらどうしよう、などと考えると夜も眠れません。

週に1.5回当直するとして月に4~6回、収入は平均20万円程度にはなります。しかし医局からは医局費、昼食代、教科書代、学会の参加費、交通費(発表者のみ支給)などを容赦なくむしり取られ、さらにアパートの家賃、飲み代などを引くと心許ないのは言うまでもありません。当直の回数を増やせば良いんですが、大学病院の当直(手当は2千円程度)もありますのであまり多いと体力的にもちません。
しかしどうしてもお金が足らなくなったら金土日連続当直という命がけの荒技が炸裂することがあります。

炸裂先は例の老人病院なんですが、たまーに金曜の宿直、土曜の宿直、日曜の日勤宿直という連続アルバイトの口があることがあります。土日にバイトなどしたくないですが、背に腹は替えられません。

金曜の夕方いつものように病院の仕事が終わってからバイトへ。土曜の朝、大学に戻り通常の業務。昼からバイト先に戻り月曜の朝大学へ直行というハードスケジュールです。
この長期間の当直生活に入る前には万全の準備が必要です。ずーっと居ますので冷えたご飯ではないのは良いのですが、入院患者さんと一緒のメニュー(しかも老人用)というのも食をそそりますす。途中のコンビニで大量の物資を調達しましょう。勉強道具、本なども大量に持ち込みます。

当直室にはビデオデッキとかしゃれたモノもないのでレンタルビデオなどが観られなかったのは残念です。老婆の来襲に備えてドアの施錠も指さし確認します。
金曜の夜は通常通りの宿直ですが、土曜の昼からが耐久レースになります。
何しろ連続40時間もこの四畳半で過ごすわけです。ナースステーションにも顔を出し、患者さんの容態など「ふむふむ」と聞いて多少は医者らしく振る舞ったりします。それは実は医者だからではなく暇だからなんですけど。また知らない看護師さんなので話も弾みません。

一応、新人医師の名誉のために言っておきますが、そんな病院でも何にもしていないわけではなく熱発時の指示とか簡単な処方などは致します。また何ヶ月かに1回くらいは患者さんをお見送りすることがあります。そのときは救命措置の与薬、心肺蘇生術(必要なら)なども一通りおこない、おじいちゃん、おばあちゃんのもっとも尊厳な瞬間を孫の気持ちで畏敬の念をもってお見送り致します。

さてさて、そのような大仕事のない場合、老人病院は暇で仕方がありません。携帯電話のない時代ですので、ちょっとお出かけというわけもいかず、土曜の昼から月曜の朝まで当直室に閉じこもりっきりです。寝るにしても40時間は眠れません。床ずれが出来ます。
日曜の夜、洋画劇場が始まる頃には心身共に疲れ果て、あの地獄的な大学病院でさえ懐かしく思えてきます。あとは今夜の来襲さえ防御すれば人並みの生活に戻れます。
月曜の朝早く、二日間にわたって大量の食料を摂取し(それしかすることがない)おなか周りなどが多少成長した新人医師は顔だけがゲッソリ痩せて医局に帰って行くのでありました。あ~、今日も手術(の第三助手)じゃあ。

この連続当直では金曜の宿直料3万円、土曜の昼から宿直で5万円、日曜の日勤宿直で7万円、合計15万円という莫大な財産を現金で一挙に入手することが出来ます。
しかしながら、この技は確実に命を縮めるため年に4回までしか使うことが出来ません。