海の匂い



昔々大学生だった頃、よく授業をさぼって海に行っていました。
医学部の授業って言うのは単位性ではなく、すべて必修ですので高校と同じように朝から夕方までずーっと拘束されます。ですから時間があって遊びに行くのではなく、授業をさぼらないと遊べない訳です。

そのころ九州ではウインドサーフィンが出始めの時期で、私の友人の親父さんが博多で第一艇目を購入しました。そのボードをみんなで借りてウインドサーフィンを始め、はまって行きました。自分のボードを持つようになっても、そのころのゲレンデには数えるはどしかウインドはいなくて、一日の長で我々が一番格好良く風に乗っていたんです。
朝の1時間目の出席だけ取り、あとの講義は代返を頼んで出発です。駐車場にはボードを積んだ車を停めてあります。

代返が利かない授業も多かったのですが昔の友達と話すと今でも出席日数が足りなくてどうしようという夢を見るそうです。
さて、そこまでして行った海ですが、ウインドサーフィンは風がないことには話になりません。風がなければ浜辺でカセット(CDじゃないですよ)を聞きながら缶ビールを飲んで風を待ちます。

そのときよく聞いていたアルバムをAMAZONで見つけ、懐かしくてすぐに購入しました。カセットがすり切れるほど聞いた曲、時には嬉しい気分で、時には恋に破れて聞いた曲たちが20年以上に時をさかのぼって聞こえてきます。
記憶というのは不思議なものです。脳のどこかに書き込まれた記憶が、遠い時間を経ても何かのスイッチによっていきなり表に出てきます。

この曲たちを聞いたとき、足もとを流れる水の感触やざらざらしたボードの肌触り、砂の熱さや風の強さ、夜の海で聞いた海鳴り、ココナッツオイルの匂い、ハーネスの感触、沈したとき海に包まれた静寂まで一瞬にしてよみがえってきました。
やっぱ、あのとき授業をさぼって海に行って良かったです。授業のことなど何一つ覚えていないですが、海の匂いは決して忘れることはないでしょう。