大学5年生は臨床実習の学年です。5~6人のグループに分けられ1年間各科を廻って実際の医療の現場を実習します。
われわれのグループはのっけから耳鼻科→第三内科→脳外科という三大難関の科から廻るという試練に早くも立たされました。各科の回想は徐々に書いて行きますが、今回は夏のころ精神科を廻った時の想い出です。
その日は朝から教授回診です。例の財前先生のように大名行列ではないですが、それでも教授の後からは何人かの先生とわれわれ学生が金魚のふんのようにくっついて行きます。精神科病棟は閉鎖病棟と開放病棟に分かれています。開放病棟の患者さんは比較的軽度の疾患で凶暴性などもなく、話していると実にディープな経験を致します。中には(自称)元大学教授や(自称)皇室関係の方とかが多数いらっしゃいます。
開放病棟に廊下沿いにあるお風呂のそばを通りかかったとき1人の患者さんが風呂桶で釣りをされていました。
教授は慣れた口調で声を掛けます。
「○○さん、今日は釣れてるかい?」
精神統一を乱され、少々むっとした顔で振り返った患者さんが、こう言いました
「先生、釣れるわけないでしょ、風呂桶よ」
教授は何事もなかったようにフムフムと頷きながら次の患者さんの所に向かいます。
(おお、何と味わい会話であることよ)学生一同もフムフムと頷き合います。教授が何メーターか先に行ったとき、後から付いてきているわれわれは先ほどの患者さんが小声で、しかし、はっきりとこう言ったのを確かに聞きました。
「こんな良いポイント、教えてたまりますか、うふふ」
逆転につぐ逆転の味わい深い会話のキャッチボールに精神科医療の奥の深さを感じました。