新人医師のバイト1



大学を卒業して医師国家試験に合格すると医師になります。
当たり前のように聞こえますが、医療のまーったく出来ない馬の骨が医師の免許をもらうわけです。仮免(より悪いかも)みたいなものです。

それがどうやって医師としてやって行けるようになるのかは別の機会に譲るとして、そんな半人前もないような医師(の幹細胞くらい)をまっとうな給料を払って雇うバカな病院はありません。
最低でも24歳(高卒で働けば6年目のベテラン)の若老け無能医者を医局はただで青田刈りするのです。

国から大学に助成金が出るので正確にはタダではなく3万円くらいですが、実に泣かせる半端金額ではあります。
さて、医者になったは良いが明日から月給3万円で暮らせと言われても困ります。なので医局は自分の懐を痛めず無給医員を喰わせて行く方策として当直やアルバイトを許可します。こんな何も出来ない医師が当直というのも怖い話ではありますが、たいていは老人病院とかの寝て帰るだけのような初心者コースです。もちろん勝手にバイト出来るわけではなく医局の確保しているバイト先を先輩の先生方に譲って頂くのです。

その中の人気コースに献血センターというのがあります。献血に行かれた方ならご存じと思いますが、献血前に血の比重とか血圧とかを測り、献血可能かどうかを検査されます。このとき、結果を見て判断するのが(血圧もまともに計れない)新人医師というわけです。ベテラン看護師のほうがより的確な判断をすると思うのですが、規則上医師が居ないといけません。

その朝は一度医局に顔を出し、受持患者さんの顔などを見てから献血ルームに向かいます。少なくともその日一日は医局の雑用や教授のカミナリから逃れることが出来るシアワセの瞬間です。また献血ルームはたいてい街の繁華街にあり、真っ昼間からこんな所を大手を振ってうろつけるというのも高得点です。さらには大学病院の凶暴な看護師と違って麗しく優しい看護師さんに囲まれ蝶よ花よとお仕事ができ(大したことをしていない)、しかもお給料まで頂けるとあっては、ここに就職しようかと本気で考えたくらいです。
さて、献血ルームでは採血管と新人医師(世間知らずのバカモノ)の扱いに慣れた麗しのナースがまず「せんせ」と呼んで喜ばせてくれます。
医局でも「先生っ」と呼ばれはしますが、その何ともトゲトゲしいニュアンスとはひと味もふた味も違います。

日がな一日「可」とか「不可」(よほどひどい場合以外は不可は出さないようにと先輩から指導されていた)とか記入するだけで、あとは無料のコーヒー飲んだり、付属の菓子類を食べたりするだけです。お昼になると食事券が出て繁華街のレストランに食事に行きます。昼から少し献血者の数が減ってくると「出番」が回ってきます。「成分献血でいいですか?それとも400cc?」。行くたびに献血は要求され、献血手帳はかなりの数になりました。おかげで、ご褒美に金か銀の記章を頂きました。ありふれた血液型ではありますが、多少は救急医療などに貢献出来たかも知れません。

夕方になると悲しい別れが待っています。麗しのナース達と手に手を取って(取ったつもりで)再開を約束し天と地との差のある大学病院に帰ってきます。
医局に帰ると無理矢理現実に目覚めさせられます。今日一日浮かれて過ごしたツケが利子まで付いて待っています。夜中まで働かないと翌日の仕事に差し支えます。
「先生っ、受持患者さんの点滴の指示が出ていませんっ」「先生っ、○○さん、熱発してますよ~」「先生っ、患者さんの包帯替えてませんし~」・・・
っるせえ。来週から献血センターに就職するわ。俺に優しくしろっ。